OKEI GROUP OWNER 片寄雄啓《コトバノチカラ》

神奈川大学法学部出身。広告代理店《協同広告》で営業として6年間勤務。ウルフルズ「ええねん」を聞いて、飲食店独立を決断し、退社。1年半の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。現在、Pizzeria Terzo okei、Viva okei、OKEI BREWERY、Atelier de terrine maison okei、オケタプ 、ビストロオケイヤの6店舗経営。飲食店経営、カズ、サザン、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います。

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ロゴ入りグラスって

今、当たり前のようにあるものでも特別なものってある。1つ1つ積み上げてきたから出来ること、1年目では到底かなわない事。どちらかというとそういうことばかりか。

家もなかった僕に今は家がある。シンクがお風呂だった自分にはシャワーもお風呂もある。キリがないほどだな。

ビールグラスがその一つだろう。その話は7年目にこのブログにも書いてあった.

https://www.okeitokyo.com/entry/20121013

13年前に書かれた僕のブログの最後にはこうある。

《僕の過去は、未来へと確実に続く誰も邪魔しないメインストリート》

何とも意味深い言葉、今の自分に届く手紙のようだ。

今、オケイのビールグラスにはokeiロゴが入っているし、オケイブルワリーロゴが入ってるものもある。この辺りは13年前からということ。

全てではないが、基本的にキリンが僕らのために尽力を尽くしてくれている。彼らとの付き合いは20年となる。

自分たちのお店のグラスにロゴが入っているということは、夢だった。自分たちだけではいくらお金があっても足りない。ビール会社が協力してくれてやっと成り立つもの。

新規出店ではもちろん無理だし、今はほとんど難しい。

皆さんがお店で見るロゴ入りグラス。当たり前のように出てくると思うが、そうではなく、お店の歴史なんです。ビール会社との絆の証なんです。

初めてokeiロゴが入った13年前、感動したなー。当時の営業の柴田屋酒店の渡辺さんとそんな話をしたのを覚えている。時を重ねてきた証明だって。

昔話をするってあんまり良くないことも多いだろう。武勇伝みたいに。でもこういう話は大切だからしていかないとなって思う。

今が当たり前じゃなくって、誰かが頑張ってきた証だということを。

人それぞれ歴史があって、自分で作った道を歩いていくしかない。

それが人の道だとしても、その道をセレクトしたのなら自分の道だからね。

新しいお店のグラスにもロゴが入る。キリンとの契約が順調に進んでいる証拠だし、20周年という節目にすべてのお店がキリンとの契約をしている事実。20年間変わってないということ。それを財産と捉えて感謝を忘れてはいけない。

ビール工場が出来た時も感動的だったけど、今それを話しても今は当たり前にあるものなのかもしれない。「すごい」とは言ってくれるのだがね。やっぱりそこにあるものって、当たり前にはなるから。

それでも当たり前にならないのは人かな、僕にとっては。皆と初めて会った面接のときは覚えている。どんな話をしたってのも何となく覚えている。出会いに感謝しているから。嬉しいから。もちろん、嫌な気持ちにさせたり、したり、グッと我慢したり。色々ある。それでもやっぱり出会っていなければ、出来なかったことは多い。

お店を広げていくときに、どうしても箕臼になってしまうオケイのイズム。なーんて思って悩んでいた。でも、最近は少し違う。店が少ない方が濃度があるように分かり合えていたように考えていた。ずっと一緒にいるから。でも、一緒にいるから濃度があるってわけじゃない。

お店ごとにしっかりと成り立っていることが大切。自分がいることではない。

複数のお店があるということで、それぞれに昔考えていたイムズを植え付けるのではなく、今に適したイムズをそれぞれのお店で積み上げていくこと。

そしてそれをまとめて、オケイ全体のイムズとしているような気がする。

20年間で当たり前になったこと、当たり前にならなかったこと。

ビールグラスを見るたびに、そんなことを頭に巡らせているのでした。

夢と希望のロググラス