OKEI GROUP OWNER 片寄雄啓《コトバノチカラ》

神奈川大学法学部出身。広告代理店《協同広告》で営業として6年間勤務。ウルフルズ「ええねん」を聞いて、飲食店独立を決断し、退社。1年半の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。現在、Pizzeria Terzo okei、Viva okei、OKEI BREWERY、Atelier de terrine maison okei、オケタプ 、ビストロオケイヤの6店舗経営。飲食店経営、カズ、サザン、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います。

フェス画像

OKEI ROCK FESTIVAL ④ピッツァ職人たち

OKEI ROCK FESTIVALの振り返りは続きます。

フェス!ということで音楽がもちろん大切ですが、OKEIというものはそもそも飲食店であるという大前提。なのでどやはり、食というものにもこだわりを見せたつもりです。

その一つ、ピッツァについて書いておきたい。

そもそもは、キッチンカーのバッカさんに依頼していたもの。オケイスタッフと一緒に焼いてほしい的な感じで考えていた。

ただ、時間が経つにつれて違和感が沸いてきて。。。キッチンカーのピッツァがあるなら、どこのフェスと変わらないなって。自分がやるべきものはそれじゃなく、店ごと持ってくる以上のことをやらないと、このフェスが締まらないって思った。

「なぜ、そこまで?」って言われたんだけどそこの理由はわからない。でもダメだと思った。そこで、知人の窯職人長尾さんに依頼し、ミラーボール型の窯を無理やり名古屋から持ってくるという奇策に出ました笑

案の定、前代未聞の雰囲気に会場がビシッとしまったのは会場で見た人はわかるだろう。あれがないのとあるのとでは全く違うフェスだった。

窯を置くということだけじゃなく、空の下に窯があるということ、ミラーボールであること、そして目の前でピッツァを延ばしている職人技を見れる。

そこが重要だったのかもしれない。

自分も初めてピッツアを延ばしているのを見た時、カッコいい!って思って、勉強した。だからあの光景は異質でありながら、当然というか。僕にとってね。

そして、今回の目玉の一つとして、世界チャンピオンがやってくる!っていうところ。

来てくれたのは以下の3人。とサポートメンバー。

ピッツェリア ベルソリーゾ 千葉・下総中山 小倉くん

■HP:
https://pizzeria-belsorriso.com

■Instagram:
https://www.instagram.com/pizzeriabelsorriso

@pizzeriabelsorriso

ラ トリプレッタ 武蔵小山 太田君
■HP:
https://latripletta.com/
■Instagram:
https://www.instagram.com/latripletta_dal2014

@latripletta_dal2014

アンティカ ピッツェリア ラジネッロ 京都・宇治 大削くん

■HP:
https://www.anticapizzerialasinello.com/
■Instagram:
https://www.instagram.com/antica_pizzeria_lasinello

@antica_pizzeria_lasinello

それ以外にもサポートとして・・・

パスチーボ 京都・山科 服部さん
■HP:

https://www.pizzeria-simpatia.com/

■Instagram:

https://www.instagram.com/pizza_pascibo/

@pizza_pascibo

この方々と共に僕の友達の息子やオケイのピッツァ職人である靍見や大塚がSPECIALタッグを組み、700枚を焼き上げてくれた。

世界チャンピオンがこうやって揃うこともなかなかないですし、いろんな店の方々が一緒に窯で焼くことも少ない。

全国から集まった職人が見れてお客様が楽しかったはず。

こうして僕が21年前に出会ったナポリピッツァをガンガン提供する体制が整っていたわけです。

というのは、簡単です。

でも僕としては感動的でした。

そもそも21年前の自分では想像できない事だから。

僕は今でもそんなに上手に焼けません。社長ではありますし、何となくは焼けます。

ただ、彼らのようには焼けない。当たり前ですが。

そんな彼らが僕のために来てくれるという事実。

それに感動するわけです。それがまさに20周年というものかと。

そこには自然とある、仲間意識やリスペクト。時間をかけてゆっくりと僕はピッツァ業界の仲間が出来た。

最初は何もなかったし、文化もわからなかった。

天気は小倉君が入社してから。

プロフェッショナルなピッツァ職人として一緒に戦ってくれた。

時にはぶつかりながらも、彼は素直に常にピッツァを焼くことを探求し、独立まで突っ走った。世界チャンピオンにもなった。

そして太田君や大削くんにも出会い、こうして仲間になってくれた。

何もない自分がこうした出会いで肉厚になれた。

僕はスタッフにはピッツェリア職人になってくれって言ってます。

PIZZAを焼けばいいわけじゃなくて、その場所を楽しく奏でてほしいと。

そういう意味でピッツァブースは明らかに華やかでたくましく、オレンジ色の空間だった。

世界チャンピオンが作るピッツァはオケイフェスの象徴的な存在になっていた。