OKEI ROCK FESTIVALの話の続き。
あれから時が過ぎて、フェスに行ったよって沢山のお客様が声をかけてくれる。
「最高だった」
「またやって欲しい」
そんな声しかないといえる。
僕にとってフェスというものは、「行く」場所で「やる」ものではなかった。
それがこうして主催者となっている事実。
ロックインジャパンに初めて行ったのが2001年。
あれから今まで何度となくフェスというものに行き、感動と勇気をもらってきた。
そういう場所を作りたい一心で開催したOKEI ROCK FESTIVAL。
毎年開催してほしい!
フェスに対して、僕はそんな感情を持ったことがなかった。
当たり前にそのフェスは来年もあると思っていたからだ。
ただ、広島のセットストック、東京の焚火の音フェスしかり、やはりなくなっているイベントも多数あることに気づいた。
オケイロックフェスはどうなるかはわからない。
イベント制作スタッフやキラナガーデンからも、興行としてしっかりやっていけるのではないか?というオファーもある。
まだ何も考えてないというのが本当のところだが、それを決めるのが自分であるというのがなんとも面白い。
そもそもやっぱり自分はハブというか、場所を作っていくこと、チャレンジしていく場所を生むことが好きなんだろう。
それに心動かされた誰かや仲間がいたり、湖に石を投げたように広がっていくその波紋がムーブメントになったり。そんな「音」「景色」が好きなのかな。
ほぼ、お金の問題にはなる。
それがクリアになるという事=収益がトントンになるやり方を考えなくてはいけない。
実はそこが不得意です笑
自分の気持ちだけで突き進むサービス精神の方が遥かに楽で、やはり営利を考えていくとどうしてもしょぼくなったり、アイディアが埋没する。
それが嫌いなので、。。。
多くのフェスの中で一番良かった!!!なんて言葉を言われたりする。
その理由は自分ではわかっているつもり。
僕を全く知らない人にも言われたりするけど、やはり理由は近い気がする。
主催者が僕であることで、知らない人にとっても一般のフェスとは違うことはわかってもらえていたのかもしれない。
1人がセレクトしたアーティストなので、僕と趣味が合う人にとっては、最高なラインナップ。極太というか、秀逸メンバーだった。
空間としても異常なほど快適な都市型フェス。
1日遊ぶにも子供も大人もいい。
その他食事に関してもハズレはなかった。
トイレも綺麗だった。
僕が望んだ初心者でも玄人でも楽しいフェスがあったことが心つかんだのかなと。
この辺りに関しては、狙い通りであり、驚きはなかった。
ただ、その反響は今なお続いてくれていることが感無量

