OKEI ROCK FESのアーティストライブが動画として整理されてきている。
著作権もあるのでSNSなどにはアップできないのですが。
社内用として使用していく予定です。
落ち着いてみたいものだなってバタバタしながら感じている。
写真も含めた医療にあるのだが、整理することが出来ないでいる。
自分でやることは不可能なのかもしれない。。。。。
1冊の本にはしたいですね、やはり。手に取り、これから出会う人たちも豊かになる本。やはりどうしても手元に欲しい大事なモノ。
10周年も結局まとめることが出来なかったから絶対やらなきゃ。
皆の想い出にもある。
想い出っていう言葉が好きなんです。
例えば苦い想い出なんて言葉もちょっと甘酸っぱいというか、何か美化してくれる言葉。もちろん戻りたくないのかもしれないし二度と経験したくないのだけど。
でも、なんかそれを覆う言葉として綺麗だなって。
自分のストーリーがけがれてない言葉遣いをしてくれると嬉しい。
オケイというものに触れてくれたお客様たちが、1つや2つ、いや沢山の想い出を何かにつけてオケイであったら嬉しい
なかなか難しいコトなんだけどね。大志を抱いていますよ。
生きている中で、自分の事なんて大した幸せにならない。
自分だけが楽しいなんて意味がないとは言わないけどね。
一人でゲラゲラ笑えるのは本当に少しの時間なんじゃないかな。
誰かと一緒に経験するからそれが思い出になる。
僕自身はそう思う。
OKEI ROCK FESTIVALが終わり、間違いなくムーブメントが起きている。
自分への目も変わったのかもしれない。
何度も書いているが、やりたいのと、やろうとすること、実際にやること、やり続けることは全く違う。
その一つ一つに多くの試練があるし、前に進めなかった理由はいくらでも見つかる。
「しょうがないよ」「よくやったよ」みんながプロセスすら褒めてくれる。
チャレンジするってことに意味があるんだよ!って。
そうじゃない、やりきるにはまだまだ先がある。
その先もある
そのために、僕には仲間が必要だった。20年間の仲間がいたから足が前に進めなくても押してくれたのだろう。
今まで止まっていたものも、動き出したかもしれない。
そう、このフェスを終えて、自分なりに1つ大きなことがある。
自分を突き動かすのは、やはり自分だった。
鼓舞するにしても、孤独に頑張る期間があったとしても。
全て自分しかいなかったかもしれない。
「こんなにすごいとは思わなかった」
皆にそう言われた。
でも僕はずっとそれを夢見ていた。
その差が、やるかやらないかの差かも。
僕が凄いという事ではなく、やりたいことをやれた自信はみなぎった。
後はそれをどう伝え、誰のためになれるかだ。

