OKEI GROUP OWNER 片寄雄啓《コトバノチカラ》

神奈川大学法学部出身。広告代理店《協同広告》で営業として6年間勤務。ウルフルズ「ええねん」を聞いて、飲食店独立を決断し、退社。1年半の修業を経て、2005年に29歳で新橋でokeiを開業。現在、Pizzeria Terzo okei、Viva okei、OKEI BREWERY、Atelier de terrine maison okei、オケタプ 、ビストロオケイヤの6店舗経営。飲食店経営、カズ、サザン、人生の事。コトバノチカラを信じて日記に示したいと思います。

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ポモドーロフレスコ

今、オケイヤで提供されたトマトソースパスタ。

とてもおいしそう。

これを見て、走馬灯のように思い出した光景があった。

12月9日に行われるオケイ20周年当日パーティにも来てくれる、初代シェフ中田洋平。

今は長野でお店を期間限定で運営しつつ、オーベルジュを建設している最中。

彼と一緒にお店をやったのは4年半。

朝から晩まで一緒にいて、苦楽を共にしたスタッフ第一号。

彼と一緒にお店をやっていて想い出は数えきれない。

その中で彼が作るポモドーロフレスコの話を書きたい。

彼のメニューには必ずポモドーロフレスコとバーニャカウダがあった。

素朴でも一番美味しいものを提供したい気持ちが強かった中田。

彼のパスタはいつも人気だった。

今思えば27歳の中田はどんな気持ちで全てのパスタを毎日毎日朝まで作っていたのだろうか。当時は朝まで営業していたから。

そのおかげで借金も1年で1000万完済出来たと思う、無茶苦茶な営業スタイルでも一緒にチャレンジしてくれていた27歳の中田。

そんな中田のパスタに魅了されていた人も多かった。

当時、僕らより少し年下の女子1名が良く来ていた。シェアハウスに住んでいた人。名前は忘れてしまった。

確か金曜日18時半くらいに来たんだけど満席で入れなかった。

僕も残念だったんだけど、何と21時半くらいにまた来てくれたんです。

その時は端っこのカウンターが空いていて。

カウンターに座ってビールを飲み、一言言ってくれたんです。

《中田さんのポモドーロフレスコがどうしても食べたくて、待ってました》

そういって注文してくれました。

生パスタを毎日仕込んでいた中田。ゆっくり静かにパスタを作り出した。

数分経過して、パスタを提供した。

その女性は嬉しそうな気持ちを抑えられず、笑顔が溢れていた。

にこにこしながら食べるパスタは余計にキラキラして見えた。

そんな中田は、そのパスタを出して、泣いていた。

嬉しかったって言ってた。

自分のパスタを食べるために待ってくれるなんて。って。

当時、だいたい夜中に一緒に飲んで帰っていたんだけど、そういう話をよくしていた。これが嬉しかったとか、喜んでくれたかなとか。

酒を飲むことが正義とは思ってない。

でも、その日のことを話しながら飲む酒は格別というか、生きているって感じる。

お互いの仕事を褒め合い、注意したり。より良いスタイルを目指してい行ける時間。

その時間に泣いたり、笑ったり。

中田のパスタで感動した人が沢山いた。

今、田中が作る料理で幸せになる人も沢山いる。

サービスも一緒。そんな自分になれることが夢ですよね。

夢ってそんなに簡単には出来ない、

だから夢なんだから。

自分の一言でお店が良くなったり、悪くなったりする。

一つの料理で救われる人もいる。

料理人の凄みを感じて来た20年。

是非、料理人に伝えてほしいです。美味しかったと。楽しかったと。

それだけで彼らは生きる勇気になるから。

サービスマンにも伝えてほしい。

サービスの気持ちを感じることが出来たら。

女性スタッフがいるとどうしてもかわいいとかきれいとかで来てくれる人もいる。

連絡先を聞いたり誘ったり。こないだそのあたりをスタッフにも注意しましたし。

でも、そこじゃなくて、ワインセレクトとか、気にしてくれたサービスとか。

そういうのを気づいたら褒めてあげて欲しいなって思っています。

あ、もちろんそれが出来てないこともあるから、こちらがまずは精進ですが。

今日は中田のパスタの話を久々に思い出してなんだかセンチになりました。

12月9日お待ちしています